みなさま、こんにちは。阿曽隈で御師をしております、壽(ことぶき)です 。
ご先祖様をお迎えし、感謝と祈りを捧げたお盆のひとときも無事に結びを迎えました 。
提灯の灯りを落とし、送り火を見送ったあとの阿曽隈には、どこか静けさと共に、ひとつの大きな区切りを越えたような清々しい風が吹き抜けています。
「転機」とは、何かが始まる時期ではなく「何かが終わる時期」
お盆という大切な節目を終えた今、ふと一冊の本の一節が心に深く響きました。
「転機」というのは「何かが始まる時期」なのではなく、逆に「何かが終わる時期」なのだ。 > (ウィリアム・ブリッジズ)
私たちは新しい季節や変化の時に立つと、どうしても「これから何を始めようか」「何を足していこうか」と、次のスタートばかりに目を向けがちです。
けれど、本当の転機を前向きに乗り越えていくためにまず向き合うべきは、「何が終わるのか?」という問いであり、「終焉を受け容れること」なのだと教えられます。
過去への執着や、もう役目を終えた古い価値観。
それらを無理に引きずったままでは、どれほど新しいものを詰め込もうとしても、心はいっぱいいっぱいのまま前に進むことができません。
「足し算」から「引き算」の生き方へ
これまでの時代は、もっと便利に、もっと多くを求めて積み上げる「足し算」の豊かさを追い求めてきました。
しかし、いま私たちが真に豊かに生きていくために必要なのは、余分なものをそっと手放していく「引き算」の知恵ではないでしょうか。
- 握りしめていた重荷を、ひとつ手放してみる
- 「過去を終わらせる」ことを恐れず、静かに受け容れる
- 不要な執着を削ぎ落とし、身軽になる
足し算をやめて引き算をしたとき、心の中にはじめて心地よい「余白」が生まれます。
その澄み切った空白があってこそ、私たちは軽やかな足取りで、しっかりと大地を踏みしめながら「前」に向かって歩き出すことができるのです。
清らかな余白とともに、前へ
お盆を通じてご先祖様から命のバトンを受け取った私たちは、過去に感謝しつつも、過去に縛られることなく今を生きていかなければなりません 。
何かを静かに終わらせ、余計なものを削ぎ落とした先にこそ、あなたにとっての「真の豊かさ」が芽吹いていきます。
阿曽隈の風に吹かれながら、心を一度リセットし、まっさらな気持ちで次の一歩を踏み出してみませんか。
一日一生。
今日というかけがえのない一日、終わらせる勇気と手放す軽やかさを胸に、みなさまと共に前を向いて歩んでまいりたいと思います。
阿曽隈 御師・壽(ことぶき)

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