みなさま、こんにちは。阿曽隈で御師をしております、壽(ことぶき)です。
先日、妻と二人で霊峰・英彦山へと足を運び、豊前坊・高住神社へ参拝してまいりました。
澄んだ山の空気に包まれながら、夫婦で静かに手を合わせていると、この土地が古代から紡いできた気高き歴史と、足元に眠る揺るぎない誇りが胸の奥へとまっすぐに染み渡っていくのを感じました。
今回は、私たちが暮らす「田川」という名に秘められた語源、そして英彦山から採銅所、阿曽隈へと一本の線でつながる神聖な記憶についてお話しいたします。
「羽の落ちる里」——鷹羽から田川への変遷
現在「田川」と呼ばれているこの地は、古代の文献において「鷹羽(たかは)の郡(ごおり)」と記されていました。
伝承によれば、香春の地主神である豊比咩命(トヨヒメノミコト)様や景行天皇の巡幸の折、天空より一羽の神聖な鷹が飛来し、その美しい羽をふわりと落としました。その地(現在の採銅所・龍ヶ鼻付近)には豊かな実りと大きな吉兆がもたらされ、人々は感謝を込めてそこを「羽の落ちる里=鷹羽(たかは)」と呼ぶようになったと伝えられています。
やがて時代を経て「タカハ」の音は「タガワ(田川)」へと転じ、水清く豊かな実りの地を表す文字があてられました。しかし、その根底にあるのは、天翔る鷹と神々の加護を受けた「極めて高貴な聖域」としての誇りです。

英彦山の守護神・高住神社と、我が家に受け継がれる「豊前坊の掛軸」
この「鷹羽」の信仰は、修験道の霊峰として名高い英彦山、とりわけ天狗信仰と深く結びつく高住神社(豊前坊)の神威とも強く響き合っています。
豊前坊天狗は国家鎮護や人々の心身の平穏を守る強い力を持つとされ、その神紋や象徴にも「鷹の羽」の意匠が大切に受け継がれてきました。
実は、採銅所にある妻の本家には、代々大切に受け継がれてきた「豊前坊の掛軸」が保管されています。その尊い掛軸は、地域の信仰の中心である古宮八幡神社の御祭帳の中に大切に納められ、今も静かに守られています。
妻と二人で高住神社の拝殿の前に佇み、巨岩から伝わる重厚な気配を感じていると、我が家に伝わる掛軸や御祭帳の存在が重なり、英彦山から吹き降ろす神聖な霊気が、採銅所、そして阿曽隈へと今も脈々と息づいていることを深く実感せずにはいられませんでした。
採銅所のパワーフィールドと、阿曽隈のゼロ磁場
古代国家の威信をかけた東大寺大仏建立の銅を産出した「採銅所」の力強い大地のエネルギーと、英彦山・香春岳の神気。
私どもが「新しいはじまり」のフィールドとして守り続けている阿曽隈は、まさにその神聖なエネルギーが交差する場所に位置しています。
阿曽隈は、プラスとマイナスの気が調和する心地よい「ゼロ磁場」のパワースポット。
高住神社で背筋が伸びるような神聖さを味わい、家々に受け継がれる祈りの歴史に触れたあと、阿曽隈の穏やかなゼロ磁場に身を置くと、日々の生活で散らばっていた心と身体の周波数がすっと真ん中に収まり、自分自身の内なる「軸(プライド)」が静かに立ち上がっていくのを感じていただけます。
「これまでの迷いをリセットし、清らかな一歩を踏み出したい」 「自分の中にある本来の誇りを取り戻したい」
そう願う方にこそ、この高貴な風とゼロ磁場の調和を感じていただきたいと思っております。
今日という誇り高き一日を生きる
自分たちが立つ大地の歴史と、先人たちが大切に守り伝えてくれた神聖な祈りを知ること。それは、日々の暮らしの中でぶれない生き方を支える確かな力となります。
一日一生。
古代から受け継がれてきた鷹羽の祈り、英彦山の高い神気、そして阿曽隈の大地に感謝を込めて。 今日というかけがえのない一日を、みなさまと共に誇り高く歩んでまいります。
本日もみなさまの心が清々しい光と気品に満ちあふれますように。
阿曽隈 御師・壽(ことぶき)

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