人生二度なし|「一日一生」を生き切るということ

みなさま、こんにちは。阿曽隈で御師をしております、壽(ことぶき)です。

日々の暮らしの中で、私たちはつい「明日も同じように今日が続く」と思い込んで過ごしてしまいがちです。けれど、ふと立ち止まったとき、心の奥底で静かに響く言葉があります。

「人生二度なし」

哲学・教育者の森信三先生が残されたこの言葉、私たちの人生は一度きりであり、やり直しをすることはできません。

1. 私たちは「生きる機会」を与えられている

私たちは自分自身の意志でこの世に生まれてきたわけではありません。 気付けば命を受け、この時代、この場所に生かされています。つまり、人生とは自分のものであると同時に、天や先人たちから「与えられた尊い機会」そのものです。

与えられた命であるならば、それをどう使い、今日という一日をどう生きるのか。 「まだ時間はあるから」と今日を先送りにすることは、その尊い一日をそのまま失ってしまうことと同じです。

2. 上を見るな、今いる場所を深く掘れ

「もっと良い環境があるのではないか」「もっと別の場所なら輝けるのではないか」と、人は常に上や外ばかりを見て焦ってしまいがちです。 けれど、井戸を掘るときにあちこち場所を変えていては、いつまでも清らかな水脈には辿り着けません。

大切なのは、いま自分の足元にある場所を、深く、丁寧に掘り下げること。 目の前にある仕事や役割を軽く扱わず、誠心誠意やり切る。その愚直な積み重ねの先にこそ、真に揺るぎない芯が育まれ、新しい景色が拓けていくのだと教えられます。

3. 先送りにせず、不完全でも「形」にする

仕事や日々の営みそのものが、私たち自身の「心を磨く修養」です。 完璧を求めて行動を先送りにしたり、頭の中で考えるだけで止まっていては、現実は何も動きません。

たとえ未熟であっても、80点であってもいい。 目の前のことにまず手をつけ、ひとつずつ丁寧に「形」として完成させていくこと。その小さな前進の積み重ねが、一度きりの人生を確かな手応えあるものにしてくれます。

阿曽隈の地で、今日を生き切る

神々が息づくこの香春・阿曽隈の自然の中に身を置くと、木々も草花も、ただひたすらに「いま、この瞬間」を命いっぱいに咲き誇り、生きていることを実感します。

過去を悔やむでもなく、遠い未来を憂うでもなく、与えられた今日という日を精一杯生きること。

一日一生。

朝目覚めたときに新たな命をいただき、夜眠りにつくときに今日という一生を終える。 二度と巡ってこない今日という一日、足元を深く見つめ、目の前の人や物事に真心を尽くしてまいりましょう。

本日もみなさまの歩みが、確かな光と喜びに満ちたものでありますように。

阿曽隈 御師・壽(ことぶき)

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